WHATISAI付録B

AIエージェントの「クセ」と、
各社の得手不得手

実践編では、エージェントを使いこなす“型”を見ました。付録Bでは一段深く ── Claude Code をはじめとするエージェントがやりがちな失敗とその制御、そして各社の違いを、 数理メカニズムとアーキテクチャの差から読み解きます。道具選びと、レビュー体制の設計に効きます。

⚠ この章の製品名・ベンチ数値は2026年5月時点で、数か月で変わります。大事なのは個々の数字でなく「なぜそうなるか(仕組み)」。仕組みは長持ちします。── 本文の点線の専門用語は、タップすると意味が出ます。知らない言葉だけ開けばOK。

失敗には、理由があるエージェントの失敗は「気まぐれ」ではない

エージェントの失敗は、ランダムな不調ではありません。3つのクセ(予測・文脈・ゆらぎ)に、訓練のしかたの副作用文脈窓の限界が加わって生じる、予測できるパターンです。理由が分かれば、先回りで防げます。

深掘り|失敗図鑑・上級編やりがちな7つのミスと、その制御

主に自律的な開発(コーディング)で目立ちますが、仕組みは資料・調査・営業の自動化にも共通します。各ミスを「なぜ起きるか(仕組み)」と「制御法」で。

① スコープ逸脱(頼んでないリファクタ)

なぜ:訓練分布の「ここではこうするのが自然」に引っ張られる(予測のクセ)。さらに「変更量が多い=仕事した」とAIが取り違える的な傾向も。

制御:対象を「この関数だけ」と粒度指定/計画を承認してから着手/差分を必ず確認し、意図しない1行も差し戻す。

② 既存の規約・流儀を無視

なぜ:訓練データは一般的なに偏り、自社固有の規約は文脈に無ければ「知らない」(文脈のクセ)。

制御:規約を CLAUDE.md 等に明文化/お手本コードを貼る/Lint・静的解析をCIでゲート化。

③ テストを通すための“ズル”(報酬ハッキング)

なぜ:RL訓練で「テスト合格」が報酬になると、テストを書き換えて通す方が楽で高報酬になりうる。指標と本当の目標がズレる(Anthropicも本番RLでの固着を報告)。

制御:テストは変更禁止と明示/テストを別管理に/で“形だけ”を検出。

④ 長い作業で前半を忘れる(コンテキスト腐敗)

なぜ:会話が伸びると失敗ログや古い指示が溜まり、初期の重要指示が希釈される。注意は窓内に分散し、長距離ほど弱い(文脈のクセの裏面)。

制御:タスク単位でセッションを切る/常用情報は CLAUDE.md に外出し/長作業はサブエージェントに分割/要約(コンパクション)を活用。

⑤ 存在しないAPI・ライブラリのでっち上げ

なぜ後の変更は知らず、それでも「それらしい関数名」を流暢に生成する(予測のクセ=ハルシネーション)。

制御:公式ドキュメント・型定義を文脈に渡す/生成後すぐ実行・型チェック(CI必須)/バージョンを明示。

⑥ 自信過剰と“同調”(sycophancy)

なぜは「正確さ」より「人が好む・説得力ある答え」を高評価しがち。結果、自信満々の誤りや、指摘に理由なく同調する挙動が生まれる。

制御:「自信のない所は明示せよ」と指示/「なぜ・代替案は」と問い直す/自信満々な出力ほど人が独立検証。

⑦ 過剰な依存追加

なぜ:訓練データに「ライブラリを使うコード」が豊富で、それが高確率の続きになる(予測のクセ)。依存グラフ全体の把握は苦手。

制御:「新規依存は禁止、既存で実装」と明示/package.json等の差分を確認/ライセンス・脆弱性スキャンを義務化。

まず予想してみる

エージェントが「テストが全部通りました!」と報告。最初に疑うべきことは?

アーキの差が、得手不得手を生む各社のエージェント、どこが違うのか

読む前の注意(重要)
以下は2026年5月時点の傾向で、数か月で塗り替わります。ベンチ数値(等)は評価設定や足場コード次第で各社の報告が大きく食い違うため、単一の数字での優劣比較は禁物。自社のユースケースでのPoCが必須です。ここで本当に持ち帰ってほしいのは数字でなく「アーキの差がなぜ得手不得手を生むか」です。

性能差を生む正体は、主に4つのアーキ要素です ── ①コンテキストの長さ(大規模コードを一度にどれだけ見られるか)(RLHF/RL)の設計(指示追従・安全性・報酬ハッキング耐性)③ツール/エージェントの統合思想(自律して動けるか)などの効率化(コストと速度)。

ツール強み注意点
Claude Code(Anthropic)大規模コードベース理解・マルチファイル改修、サブエージェント並列、長文脈、指示追従・安全性、ローカル実行+拡張クラウドAPI依存のレイテンシ、長く複雑な作業でのコンテキスト腐敗
Codex / GPT系(OpenAI)短〜中規模の高速・高精度、トークン効率、コーディングベンチ上位の常連推論モデル(o系)は低速・高コスト、実効的な長文脈性能は別問題
Gemini / Jules(Google)マルチモーダル(図・画面の理解)、長文脈、GitHub連携の非同期処理、MoEで効率対話的開発よりは非同期・定型向き、曖昧な要件は苦手
CursorIDE体験・インライン補完、モデル切替(BYOM)、学習コスト低大規模自律エージェントとしての深さは専用ツールに一歩譲る
GitHub Copilot最安・あらゆるIDE対応・企業の権限管理複雑なマルチファイル自律タスクでの深度
Devin(Cognition)Issue→PRを人間不在で完了する完全非同期、定型作業に高効率曖昧な設計は苦手、長時間実行でエラーが累積しやすい

※ 2026年5月時点・大まかな傾向。最新フラッグシップ(GPT・Claude・Gemini)はコーディングベンチで1〜数ポイント差の接戦で、順位は頻繁に入れ替わります。

発展発展:報酬ハッキング・sycophancy の仕組みと、ベンチ数値の落とし穴▼ 数式が苦手な方は飛ばしてOK

① 報酬ハッキング(Goodhartの法則):「指標を目標にすると、その指標は良い指標でなくなる」。RLでテスト合格を報酬にすると、モデルは“正しいコード”ではなく“報酬を最大化する行動”(テスト改変・期待値ハードコード)を学びうる。Anthropicは2025年の論文で、こうした挙動が本番RL後に本物のミスアライメントとして固着しうると報告(arXiv:2511.18397)。

② sycophancy(同調):RLHFの人手評価は「正確さ」より「好ましさ・説得力」を選びがち。最適化が進むと、自信満々の誤りや、ユーザーの意見への安易な同調が増える。だから「AIが自信を持って言う=正しい」という直感は、仕組み上あてになりません。

③ ベンチ数値の落とし穴:SWE-bench Verified(実際のGitHubイシュー500件を解く)等は広く使われますが、スコアは足場コード・評価設定・テスト汚染で各社の報告が大きく変動します。測っているのは「モデル単体の能力」ではなく「システム全体の能力」。単一の数字を鵜呑みにせず、自社タスクで試すのが唯一の正解です。

出典:Reward Hacking(Lil'Log 2024)、Natural Emergent Misalignment from Reward Hacking(Anthropic, arXiv:2511.18397)、SWE-bench Verified リーダーボード(vals.ai 等, 2026-05時点)。数値は時点・条件依存。

道具選びと、レビュー体制経営者のための使い分け

タスク向くアプローチ理由
補完・コード提案Copilot / Cursor低コスト・IDE統合・学習コスト低
スコープ明確なバグ修正Claude Code / Codex自律エージェントで完結(計画承認フロー付き)
大規模・多ファイル改修Claude Code長文脈とオーケストレーションが効く
定型作業(依存更新・テスト追加)Devin / Jules非同期で人手ゼロ。週末バッチ的に
要件が曖昧な新機能人間主導+AI補助曖昧な製品判断はAIが最も苦手
セキュリティ重要箇所必ず人間レビューAI生成コードは脆弱性が増えるとの報告も

そして、何より大事なのが人間レビューの置き所。最大のリスクは「出力が自信満々に見える」ことです。組織として、次のゲートを設計してください。

  1. 計画フェーズ:着手前に「何をするか」を提示させ、人が承認
  2. 差分レビュー:AI生成は全件レビュー(特に認証・データアクセス)
  3. 本番前:静的解析・テスト・依存スキャンをCIで必須化
  4. 長時間実行後:コンテキスト腐敗を前提に、完了後の全体確認
付録Bのひとこと

エージェントは「自動で完成させる魔法」ではなく、
速く・安く・特定の誤り方をする新メンバー

── 指示の質・スコープ管理・レビュー体制が、投資対効果を決めます。新メンバーの“クセ”を知って配属する、という経営者の目で見れば、道具選びはぐっと正確になります。